タビと道づれ
2013 / 11 / 10 ( Sun ) 06:27:32
たなかのか『タビと道づれ』(マッグガーデン)全6巻

 ブレイドの作品の中で、今まで読んだ漫画の中で一番好きなものをあげるならば間違いなくこの作品になるんじゃないかと思っています。何度読み返しても、ちりばめられた言葉の、絵の、表現の、ありとあらゆるものに心を動かされてしまうのです。
 それについて、何かを言葉にすることはとても難しいのですが、何か残せたらと思って少し書いてみました。

『タビと道づれ』――「私」と「あなた」――

 『タビと道づれ』はいろんな言葉が、通奏低音のように作中に響いています。その中でも、最も強く響いているうちの一つが、「わたしが私じゃなければよかったのに」のように思います。第一巻の中に出てくるタビの台詞ですが、実際には登場人物がみな抱えている思いでもあります。
 タビはわたしが私であることから逃げ出して緒道にやってきて、ユキタ君は叫び、クロネ君は世界を正そうとし、カノコは傷つけ、トトは友達を閉じ込め、ニシムラさんとツキコさんは願います。
 「わたしが私じゃなければよかったのに」という言葉には、世界のすべてを「私」の責任として引き受けることでもあるのかもしれません。世界の中で「私」がいてもいなくてもいい存在だという実感は、受け入れたくない世界の原因が「私」にあるからのようにも思えます。わたしが「私」だから世界に必要とされないという風にも響いて聞こえると言った方が良かったかもしれないですね。
 そして、その裏返しとして出てくるのが「あなた」みたいな人でしょう。タビにとって「あなた」とは「好きな人の好きな人」であり、その「あなた」みたいな人であるツキコさんに対して、思わずこうなりたいと思ってしまっています。
 「あなた」として描かれるツキコさんは長い髪、柔らかな線、綺麗な手のひら。そして「欲しいもの全部欲しいものから喜んで手の中に入ってきてくれそうな手」を持っています。それはきっと、「わたし」が「私」だから手の中に入ってこないものへの憧れでもあるのでしょう。
 「わたしが私じゃなければよかったのに」という言葉は、足りない「私」に対して向けられた言葉ですが、本当に作中で響いているのはそういった意味ではないのです。だって、タビが、あるいはほかの登場人物が欲しいものは、足りないものを埋めてくれるなにかではないのですから。
 「私」が手に入れられないものは、作中でももちろんそれがすべてではないのですが、「好きな人」が一番大きなものでしょう。「好きな人の好きな人」であるツキコさんの表情にタビが不思議に思うのは、欲しいものが手に入っているのに、どうしてという「あなた」への問いなのです。
 誰かに好きになってもらうことは、居場所を与えられること。欲しいものが手のなかに入り込んでくることなのです。「私」が好きになってもらえないのは、「私」のせいだとタビに限らず、思い続けています、「わたしじゃない私」になってまで得たいのは、みんな居場所なのです。この通奏低音のように響く言葉は、彼女たちの、自分を必要としてほしいという切実な願いなのです。
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