タビと道づれ(感想) その3
2016 / 05 / 08 ( Sun ) 00:29:44
たなかのか『タビと道づれ』(コミックブレイド/マッグガーデン)全6巻

『タビと道づれ』感想その3――わたしは私でいいんだ――

1.はじめに

 以前、『タビと道連れ』についてブログを書きましたが、あれから数年が経ちました。あれからも、この作品は私にとってかけがえのない作品であり続けています。幾度も何か書こうと思いながらも、不安に駆られて書きすすめられないことが続きました。
 私生活やブログのことをはじめ、色々と理由があるのですが、久々に軽く何かしら書いてみようと思いました。
 その1では、『タビと道連れ』は「わたしが私じゃなければよかったのに」という第1巻でのタビの台詞が中心となった物語であると書きました。今でもそれは変わりません。今回は、それに続いてこのテーマがどのように締めくくられたのかについて書きたいと思います。


2.わたしは私でいいんだ

 「わたしが私じゃなければよかったのに」というタビの言葉は、自分の「足りない」への言葉ではありましたが、「足りない」がだめなのは「居場所」が手に入れられないからです。タビが「命に代わるの」とまで言って守ろうとしたテガタは航ちゃんという「居場所」につながるものだからです。その大切なテガタを守ることができない「足りない」に向けた言葉なのです。
 同じように、多くのキャラクターが「わたしが私じゃなければよかったのに」という思いを抱えています。ツキコさんも、「私もお姉ちゃんみたいに出来がよかったら…」「結果が出せなければ私に椅子は与えられない」と居場所を求めて「わたしが私じゃなければ」と感じています。
 多くが「道づれ」と題された各キャラクターの内面に迫る回を中心に、この「わたしが私じゃなければよかったのに」という思いが語られ、それに対して解を与えていくというのが、この作品の重要なポイントでもあります。
 そして、その解が「お前がお前じゃなくなると意味ないんだ」というユキタ君の言葉にあるような、他者の存在です。誰かが「わたしが私」でいいのだと認めてくれることで、「わたしは私」でいいのだと自らも認めることが出来るのです。
 この作品の重要なモチーフである手、星座もこれと大きな意味を持っています。第4巻でツキコさんが「人と人が手をつないで初めて物語が始まるんです。だからこの世界にはいてもいなくてもいい人なんていないんですよ」と言いますが、「わたしは私でいい」と誰かが認めてくれるのは、このように人と人が星座のようにつながることを肯定していく世界観があるからです。そして、手をつなぐことで、そこに「居場所」ができるのです。
 そういう優しい世界観ではありますが、決して甘やかしているわけでもありません。何もしなくても、誰かが認めてくれる、そういう単純な世界ではないのです。だから、みなそれぞれの苦しみを抱えています。コウイチが「握手はお互いが手のひらを開いて重ね合わせなきゃできないよね」とクロネ君に語るように、手を握り締めていたら決してつながる事はできません。そして、「あれ欲し」と握手するために手を伸ばさなければなりません。「人と接することは…生きていくってことは傷ついていくことなんだと思う」というように、「傷つく」という厳しさもきちんと求めているところも、とても丁寧に作られていると感じます。
 「わたしが私じゃなければよかったのに」を突き詰めていったのが、最後のタビのエピソードにあるように、「わたし」そのものを完全に否定していくことでもあります。それと同時に、「わたしがいない世界」として人と人がつながって生まれた物語も否定していきます。でもそれは、「自分をいらないって思うことは…僕をいらないって思うことだよ」「本多さんがいてくれたからこそできた…なくしたくない物が私達にはあるのに!」というように、「あれ欲し」と手をつなげようとする強い光によって、タビ自身が変えられます。最後の最後も、「わたしが私」であることを肯定してもらい、つながっていくのがこの物語です。ただ「つながる」のではなく、「わたしあう」ことで。「わたしは私」でいいのだと認めて、そして自分を「わたす」のです。

3.おわりに

 「わたしが私じゃなければよかったのに」は『タビと道づれ』の大きなテーマですが、それに対して誰かが認めてくれる、手をつなぐことで「わたしは私」と肯定していけるのがこの作品です。それを全6巻に渡って繰り返し丁寧に描いているのです。
 それ故、『タビと道づれ』の魅力はたくさんありますが、「わたしが私じゃなければよかったのに」という切実な思いとそれに対して手をつないでいくやさしい痛みと、そんな世界観が大きな魅力になっていると思います。そして、このテーマに合わせて、「手」や「星座」や「痛み」といった色んなキーワードがつながっていってひとつの物語が編みあがるのです。「するする」と「すべるように連なる言葉が聴く者すべてを魅了していく」ように。
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