ひとりぼっちの地球侵略(感想) その2
2015 / 09 / 09 ( Wed ) 11:39:07
小川麻衣子『ひとりぼっちの地球侵略』(ゲッサン/小学館)

ひとりぼっちの地球侵略 感想その2 ――心臓、首輪、傷――

1.はじめに

 『ひとりぼっちの地球侵略』について自由に書いていいってなると、おおよそ書きたい方向性としては前回書いたことと変わらないのですが、諸事情であれで書くのはどうだろうと思うことが多くありまして。じゃあほかに何が書きたいかと考えた時に出てきたのが『魚の見る夢』でした。かたや心臓、かたや首輪でどこか通ずるものを感じた記憶があったためです。この作品と合わせて何か作品の魅力を引き出せたらと思い書いてみます。多少どころか大いに時間に限界がありますが、頑張ります。
 今回のブログは『ひとりぼっちの地球侵略』の1巻から8巻までと『魚の見る夢』の全巻のネタバレを含みます。また、『魚の見る夢』を未読の方は、2,4,5,7,8だけ読んでいただいても分かるようにしています。また、本稿はさいむさんのブログに多くを負っていますので、適宜ご参照ください(http://thursdayman.hatenablog.com/)。

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コンプレックス・エイジ(紹介)
2015 / 06 / 28 ( Sun ) 22:33:12
佐久間結衣『コンプレックス・エイジ』(モーニング/講談社)

モーニングで2015年の6月頭まで連載されていた漫画です。単行本は現在4巻まで刊行中です(2015年6月現在)。

この漫画はコスプレをテーマとしています。主人公の片浦渚は26歳の派遣社員で、趣味はコスプレ。マジカルずきん☆ウルルという漫画内の架空のアニメの主人公、ウルルのコスプレに血道をあげています。彼女のコスプレの信念は「完璧」です。衣装のちょっとした柄、素材や、キャラのポーズ、何から何まで完璧にコピーしなければ気が済まないくらいです。そんな彼女が、コスプレの世界に身を置く中で、周囲の目線など様々な問題にぶつかっていきます。そして、その問題と戦っていく物語です。「楽しめ。血を流しながら。」1巻の帯にはこう書かれていますが、まさに「血を流す」ような戦いと、それでも「楽しむ」コスプレへの愛の物語です。

さて、今、「血を流しながら」という帯の言葉を引きましたが、この漫画の魅力はまさにここにあると思うんです。コスプレで完璧を目指す中での苦悩、世間の冷たい目、主人公渚は血を流していく、その姿を徹底的に描いていきます。その徹底ぶりがもう読んでいる方の心をえぐってくるのです。

モーニングの公式ホームページで1話が公開されているのでそれを読んでもらえたらだいたい魅力は分かってもらえると思います。が、せっかくのtwitterなので読んでない方向けに1話のネタバレしつつも書いていこうかと。

1話では大きく3つの事が描かれます。ひとつは渚の完璧主義。ふたつめが理想と現実のギャップ。みっつめが他者という存在です。ひとつめはもう述べました。ふたつめは、長身の渚に対して、コスプレするウルルは「小さくてまんまるくて/わたしが持ってないもの全部詰め込んだ様な」というキャラであるというギャップなどです。みっつめは、そんな渚と違い、何もしなくてもウルルそっくりな人の登場です。
この3つだけで、それはもう心えぐられますが、そんな展開がどんどん押し寄せてくるのがこの作品です。

さて、このみっつですでに作品の主な要素は出そろいます。他者というのがコスプレを理解しない人になったり、理想と現実が年齢になったりと色々ありますが、この作品がどういう作品かはこれでもうわかります。
とはいえ、1巻では渚自身の問題であったものが、だんだんと渚とその周辺の人物や人間関係へと焦点が移っていきます。その中で、コスプレの様々な魅力や苦しさが描かれていきます。当然、コスプレへの強い風当たりも描かれます。「どうして……どうしてわたし達が逃げないといけないの?好きなコトをただ、本気で楽しく、やってるだけなのに」と叫び声を上げることだってあります。これらを、印象的な決めのカットを多用した力強いコマでどんどん描かれていきます。

さて、この作品の魅力は、「血を流し」それでも「楽しむ」姿です。もちろん、コスプレという世界のあれこれについて、基礎知識を学べるという面白さも有ります。ちなみに、巻末にコスペディアという形で、いろんな豆知識があったりするので、是非一読ください。その知識だけではなく、その世界に生きる人々の描写が何よりも胸を打ちます。それは「コスプレは着るんじゃなくて、まとうものだと思ってる―」という美学であったり様々です。特に、いろんなこのTLの方にはけっこうアニメや漫画好きの方もいらっしゃると思います。そういう、趣味を持っている方には絶対おすすめの作品です。1巻の帯にも「好きなものを諦められない、すべての人へ――」とあります。ぜひ、まずはモーニングの公式ホームページで試し読みをしてみてください。
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ひとりぼっちの地球侵略(感想)
2015 / 02 / 20 ( Fri ) 10:54:53
小川麻衣子『ひとりぼっちの地球侵略』(ゲッサン/小学館)

相当久しぶりの更新です。私事でなかなかゆっくり漫画が読めないのです。

さて、『ひとりぼっちの地球侵略』はゲッサン連載で、主人公の少年と地球を侵略しに来た少女とボーイ・ミーツ・ガールです。現在7巻まで単行本が刊行されています(2015年2月現在)。

ある日突然、主人公は仮面をつけた少女に「お前の命を、もらいにきた」と襲われ、心臓を狙われます。この心臓は、かつてこの少女が瀕死の彼に分け与えたものだったのですが、主人公と同化していて取り返すことはできませんでした。
もちろん主人公はそんな事は知らなかったのですが、「宇宙人の強い力を秘めた心臓が同化したことで彼はもう人間ではなく宇宙人の側になった、だから一緒に地球を侵略しよう」と少女から持ちかけられます。
主人公はそれを断りますが、その日彼の家に地球外生命体が乗り込んできて、男手ひとつで主人公とその兄弟を育ててきた祖父を襲います。成す術のない主人公の前に、少女が現われて一緒に地球を征服するなら祖父を救うと声を掛けられます。
主人公はそれを飲み、かくして二人は地球を征服するという目的を果たすため動き始めす。

地球を侵略・征服すると言っても、基本的には少女とは異なる星から来た地球外生命体の地球侵略を食い止める話であり、またそれを通じて二人が絆を深め成長していく物語です。後者の方に重点が置かれているために、戦闘は1巻に1回くらいとそんなにありません。
サンデー系列らしく、落ち着いた筆致で丁寧に二人の姿を描写していくところが魅力的で、序盤からいきなりクライマックスかというほどの盛り上がりを見せます。百聞は一見にしかずとは言ったものですが、一巻いや一話でも読んでみて欲しい作品です。

さて、作品紹介はざっとここまでにして、最新刊までの雑感といきたいと思います。
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とある飛空士への追憶
2013 / 12 / 12 ( Thu ) 07:10:48
原作:犬村小六、作画:小川麻衣子「とある飛空士への追憶」(ゲッサン/小学館)

 二つの大国間での戦争の最中、主人公シャルルは飛行機に次期王妃ファナを乗せ、本国まで送り届けます。それも、単機で敵国の支配する海域を横断してです。その任務の中で、二人は惹かれあうという王道の恋愛物語です。
 もちろん、送り手である主人公は身分制社会の中で一番下の階級で、しかも本国と敵国の人間のハーフです。すなわち、最も蔑視される存在です。最初から最後まで、この身分差が二人の間に横たわります。
作品梗概はともかく、この作品で大きなのはやはり「身分差」ではなく「死と蘇生」でしょう。「生と死」ではありません。むしろ、シャルルとファナは最初から死が描かれているのです。死に生まれ変わる、蘇生あるいは転生を繰り返すのがこの物語です。
 冒頭のファナの「玻璃の世界」は、一人の主体の死に近いものがあります。一方、シャルルは既に蘇生を終えた後でした。幼いころ屋敷奉公をしていたシャルルは、ファナとの出会いで蘇生していたことが二巻で描かれています。
シャルルの蘇生は、もちろん、作品の一つの山場第二巻の「生まれ変わる」です。そして、第四巻「覚醒」です。こちらはやや蘇生というには不適切かもしれませんが、個人的には蘇生としたいのです。
 何か、胃の腑の奥から湧き上がってくる、私の知らない、しかしずっと私とともに在った何か。根源的な感情。みずみずしく透き通った力。私の中でずっと眠っていた何か。思考へ。精神へ。肉体へ。私の中を突き抜け、満ちていった。
ファナの「覚醒」のシーンの言葉ですが、やはりこれはある種の蘇生にも見えるのです。生きているだけでは死んだも同然と見るならば、すなわち「玻璃の世界」を死とみなすなら、本当の私じゃなければだめならば。
単に、覚醒とは、死のない蘇生と捉えてもいいのかもしれないですね。

 また、この「みずみずしく透き通った力」は、私にとって切ない場面でもありました。それは、この力こそが王妃としての威厳だったのです。シャルルとファナは表面的な身分なんかではなく、「根源的」に異なる存在であることが、二人の別離が必然的であったことを物語っているのです。ファナが望んでも忌避しても、「本当の私」は「玻璃の世界」もそこから抜け出た世界=シャルルといたファナも、あるいは幼少期も、全ての私を一度に否定しうる危うささえ持っているように感じられます。
 そして何より興味深いのが、これまで読者に対して見せていた「玻璃の世界」から抜け出て、シャルルに自分の思いをストレートにぶつける「本当の私」を最後にあっさりと否定してのけたうえで、王妃の器こそ「みずみずしい」と表現されているのです。そんな風に描かれているわけではないのでしょうが、あまりのギャップに、私にはシャルルとだけではなく読者とも異なる存在であると告げられてしまったような気がするのです。読者である私の世界では、あの王妃の器を「みずみずしい」とはどうしても表現できないのです。ですからあのシーンは、読者である私にとってもファナ(シャルルと共にいた、ストレートに自分を表現する「本当の」ファア)の死のように見えました。そして、読者の私とも完全に異なる力学の働く貴族の世界に生きる存在としての別離を、ほんの少し感じてしまいました。

 この作品でもう一つ気になったことに「空」の存在があげられます。シャルルは空の上では身分が関係ないと言いますが、ファナとの関係においてはむしろ地上=島での生活の方がよほど身分が関係ないのです。
 これは結局、「空」とはどこかというのかが私にとって気になるのですが、どうにも難しい問題で、今のところはあまり気にしないようにしようと思います。
 それと、これはそもそも持ち込むこと自体間違っているように思われますが、二人にとっての日常/非日常という区別をしたとき、果たして「空」と「陸」どちらが日常となるのか、二人とも同じなのか異なるのか、このあたりも不誠実ながら気になってしまうのです。

 あれこれ書きましたが、個人的には今年読んだ漫画の中ではかなり素敵な作品だったと思います。
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熊の敷石
2012 / 10 / 15 ( Mon ) 18:39:24
熊の敷石 堀江敏幸 講談社文庫

感想というよりもメモ

 堀江さんの感覚は本当にどうなっているのだろうか。なにとなにがどうつながっていくのかというのが本当に読めない。日本とフランスの二つの領域をいったいどうやって行き来しているのかが不思議でならない。城を見ながらカマンベールを投げたいだなんて、なんて奥ゆかしいのだろうと思う。思わず笑ってしまいたくなる。
 一番印象に残っているのは、「冗談というのは、ある年齢をすぎた人間にしか使ってはいけない符丁なのだ」という文章。軽く取り繕うような、軽やかな固定することを潔しとしない言葉なのに、すごく外へ向っていっている。堀江さんの文章はあんまり外へ向かっていく印象がないのだけれども、ここは本当にのびやかに外へ向かって言っている。心地いい。もちろん、この言葉自体もすごく好きだ。
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